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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)8962号 判決

大阪市旭区高殿一丁目二番八号

原告

旭加工紙株式会社

右代表者代表取締役

中川裕之

右訴訟代理人弁護士

三山峻司

右輔佐人弁理士

奥村茂樹

静岡県駿東郡長泉町本宿五0一番地

被告

特種製紙株式会社

右代表者代表取締役

三田仁

京都市右京区梅津高畝町四四番地

被告

イセト紙工株式会社

右代表者代表取締役

小谷隆一

右両名訴訟代理人弁護士

羽柴隆

古城春実

右輔佐人弁理士

尾股行雄

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告らは連帯して、原告に対し五0一八万0四00円及びこれに対する平成五年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言

第二  事案の概要

一  原告は左記特許権(以下「本件特許権」という。)を有していた(平成七年四月二一日の経過をもって存続期間満了。争いがない。)。

発明の名称 透明の合成樹脂フィルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙とその製造方法

出願日 昭和五一年一一月五日(特願昭五一-一三二二九六)

出願公告日 昭和五五年四月二一日(特公昭五五-五0三五)

登録日 昭和五五年一一月二八日

特許番号 第一0二四四0三号

特許請求の範囲

「1 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

2 種々の印刷を施した紙4の重量を四0g/m2~七0g/m2とし、透明の合成樹脂フイルムの厚さを一五μ~五0μとしたことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

3 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けたことを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第2項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

4 透明の合成樹脂フイルムをTダイ3から押し、出し、押圧ロール紙4とラミネートする方法において、ラミネーション時の溶融樹脂フイルム2の押出し温度を、各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後剥離が容易になるように紙4とラミネートし、その後前記合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙4を積層して紙4、合成樹脂フイルム2、感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。

5 前記透明の合成樹脂フイルムを、高圧ポリエチレン、中圧ポリエチレンあるいはポリプロピレンから選ばれた一種又は数種のものであることを特徴とする特許請求の範囲第4項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。」(別添特許公報〔以下「公報」という。〕参照)

二  本件特許権の特許請求の範囲のうち、第1項は物の発明であり、第4項は方法の発明である。第2項及び第3項は第1項の発明の実施態様を示したものであり、第5項は第4項の発明の実施態様を示したものである(争いがない。)。本件訴訟では、第1項の発明のみが問題となっている(以下「本件特許発明」という。)。

三  本件特許発明の構成要件は、以下のとおり分説するのが相当である(甲第一号証)。

1(一)  種々の印刷を施した紙4と

(二)  透明の合成樹脂フイルム2と

(三)  感圧性粘着剤8及び

(四)  剥離紙9を

(五)  順に積層したことを特徴とする

2  透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした

3  荷札、ラベル等の表示紙

四  本件明細書には、作用効果について以下のとおり記載されている(甲第一号証)。

1  段ボール、紙箱等の被着物を破損することなく簡単に荷札、ラベル等の表示紙を剥離できるだけでなく、剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である(公報5欄25行~6欄2行)。

2  紙4の剥離後は被着物に合成樹脂フイルムが感圧性粘着剤と共に残存するが、更にこの合成樹脂の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる(同6欄3行~6行)。

3  経済性の上でも長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより、この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である(同6欄7行~13行)。

五  被告らの行為(争いがない。)

被告特種製紙株式会社(以下「被告特種」という。)は、別紙イ号物件目録記載の文字印刷のある紙(原告の呼称名=表示紙、被告の呼称名=隠蔽紙)製造用ロール巻原反(以下「イ号物件」という。)を製造し、被告イセト紙工株式会社(以下「被告イセト」という。)に販売し、被告イセトは、これに必要な加工を施して、別紙ロ号物件目録記載の製品(以下「ロ号物件」という。)を販売している。

六  請求の概要

ロ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属することを前提に、被告イセトがロ号物件を販売した行為は本件特許権を侵害する不法行為を構成するものであり、被告特種はロ号物件(直接侵害品)の原反であるイ号物件(間接侵害品)を被告イセトに販売したことにより共同不法行為者として被告イセトと連帯して損害賠償責任を負うと主張して、被告らに対し原告の被った損害金五0一八万0四00円及びこれに対する平成五年八月一三日(原告が被告らに対して発した侵害警告書が到達した日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を請求。

七  争点

1  ロ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属するか。

(一) ロ号物件は本件特許発明の構成要件1及び2を具備するか。

(二) ロ号物件は本件特許発明の構成要件3を具備するか。

2  前項が肯定された場合に、被告らが原告に賠償すべき損害の額

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(一)(ロ号物件は本件特許発明の構成要件1及び2を具備するか)

【原告の主張】

本件特許発明の構成要件1及び2は、上層から下層に、〈1〉印刷を施した紙(以下、単に「紙」ということがある。)、〈2〉透明の合成樹脂フイルム、〈3〉感圧性粘着剤、〈4〉剥離紙という順番で積層されていれば足りるから、ロ号物件は右構成要件1及び2を具備するものである。

1 本件特許発明の構成要件1及び2の意義

(一) 本件特許発明の構成要件1は、上層から下層に、〈1〉印刷を施した紙、〈2〉透明の合成樹脂フイルム、〈3〉感圧性粘着剤、〈4〉剥離紙という順番で積層されていることを意味し、これらがそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接している必要はない。本件明細書にも、右各層がそれぞれ直接隣接していることを要する旨の記載はない。

本件特許発明の構成要件2についても字義どおりに解すればよく、被告ら主張のように紙と透明の合成樹脂フイルムが直接に剥離可能に疑似接着しているものである必要はない。

(二) 本件特許発明の構成要件1及び2の解釈に当たっては、本件特許発明の特徴を検討することが必要であるところ、本件特許発明は、「透明の合成樹脂フイルム」を表示紙を構成する層の一つとして採用し(構成要件1(二))、かつ、この「透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残存するようにした」(構成要件2)ことを最大の特徴とするものであるから、右(二)の解釈の正当性が裏付けられるものである。

本件特許発明の最大の特徴が構成要件1(二)及び2にあることは、以下の点から明らかである。

(1) 「発明の名称」は、「当該発明の内容を簡明に表示しなければならない」(特許法施行規則二四条様式第二九)ところ、本件特許発明の「発明の名称」中には「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」との文言がある。

(2) 本件明細書の特許請求の範囲第1項は、物の発明であり必須要件項といわれるものであるが、同第2、第3項は、それぞれ第1項の実施態様項であるところ、いずれも第1項に従属する形式で記載され、「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」という記載部分を統一的に引用している。

(3) 発明を構成する各構成要件の重要度は、課題解決及び作用効果の達成に対する寄与度によって決せられる。

本件特許発明の解決すべき課題は、「荷札、ラベル等の表示紙を剥離した際に被着物の表面を損傷することなく、しかも被着物の表面の印刷等を覆い隠さないように」することである(公報2欄16行~20行)。原告が本件特許発明の出願前に出願した実用新案出願公開昭五二-一五九二00号に係る明細書(乙第七号証の1~3。以下「先願明細書」という。)では、「(被着物たる)段ボール箱を損傷させることなく剥離を容易にするが、剥離した後に表示紙すなわち円網抄紙法により抄造された紙の一部を段ボールに残存させるために段ボールの表面に付された文字、図形等の印刷物が消されてしまう結果となる。このことは昨今の段ボール箱や紙箱類に種々の形式の印刷が施されており、しかも段ボール箱等の表面積の1/2以上が印刷されている現状において、荷札、ラベル等の表示紙を印刷された上に直接貼付けていることをかんがみると印刷効果を失なうばかりでなく、ユーザーにとつても不便である。」(公報2欄32行~3欄6行)という欠点があったので、「特に段ボール箱や紙箱類に印刷されている文字はP.R.やその他の目的で施されているうえで、この印刷されたものを消すことなくしかも段ボール箱を損傷せずに剥離容易な荷札、ラベル等の表示紙が必要となつた」(公報3欄6行~10行)ものである。

本件特許発明は、前記構成要件を採用することにより、本件明細書記載の1及び2の作用効果を奏するものであるが、そのうち、1後段の「剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である。」との点及び2の剥離後の「合成樹脂の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる。」との点は、まさに構成要件2を採用することにより初めて達成されるものであるから、構成要件2は、これらの効果に直接関係する要素であり、本件特許発明の中核を形成する部分であることは明らかである。

これに対し、本件明細書記載の作用効果のうち、3の「経済性の上でも長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより、この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である。」との点は、特許請求の範囲第4項の「表示紙の製造方法」に係る発明の作用効果であって、物の発明たる本件特許発明の作用効果ではない。

ところで、被着物に表示された事項の隠蔽という作用効果は、本件明細書に直接かつ積極的に記載されているわけではない。しかし、被告のいう隠蔽は、永久に隠蔽するという意味ではなく、プライバシー等の関係で、特定人に宛てられた被着物に印刷された情報を当該特定人に見させてこれを伝達することが目的であるから、これは表示紙を被着物に貼着しても「剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがな」いという作用効果のいわば盾の両面の一面からみた機能をいうに過ぎない。いうまでもなく、特許発明の保護は客観的な作用効果にも及ぶところ、本件特許発明の構成要件2は、被着物に印刷された情報を右に述べた意味で「隠蔽」するという作用効果にも寄与するものである。

(4) 先願明細書(乙第七号証の1~3)に係る考案は、段ボール箱等の表面を損傷させることなく容易に剥離することを目的としており、本件特許発明のように、被着物の表面に付された文字、図形等の印刷物を消さないよう、あるいは覆い隠さないようにするといったことは解決課題としていない。特に、乙第七号証の3の補正書にも記載されているとおり、剥離の際には、円網抄造法による紙の層の一部が段ボールに残存するのであり、円網抄造法による紙の層がそのまま段ボール表面に残るのではなく、いわば紙質の強度の差により右層の一部が破壊される態様になっているわけであるから、かえって段ボールの表面に付された文字・印刷物を消すような結果になっていることが分かる。

本件特許発明が右先願明細書に係る考案の技術思想に関係するといっても、本件特許発明の重要な要素は、右考案の解決のための手段にあるのではなくて、これを改良又は拡張するための手段すなわち被着物の印刷を消さないための手段である構成要件2にあるというべきである。

被告は、本件特許発明は、右先願の考案における荷札の下層の紙に代えて、これを透明の合成樹脂フイルムの層に置換したに過ぎない旨主張するが、右先願の考案では剥離時に円網抄造法の紙が一部破壊されるのに対し、本件特許発明においては透明の合成樹脂フイルムの層がそっくりそのまま被着物に残存する点で明白な違いがあるから、明らかに誤りである。

(5) 原告は、本件特許発明の出願後、この技術思想の具体的な実施品としてさまざまな商品開発を行い、荷札、販促ラベル(表面に販促用であることが記載されており、その表面の紙部分等を取り去ると、商品の包装等に記載されている一等、二等などの文字があらわれる。)、プライスラベル(商品に記載された上代価格の上に、このプライスラベルを被着し、卸売価格を表示する。)などを世に出した。

また、昭和六一年ころから、金融機関が顧客に郵送する葉書による通知に関して、プライバシーの保護を図るために、通知書にラベルを貼付し、受取人がラベルを剥がして見ることができるが、受取人以外の者がラベルを剥がした場合にはそのことが容易に判明するという商品が要請されていた。そして、原告は、このような商品として、原告において既に製造販売していた荷札、販促ラベル、プライスラベル等の仕様を変更するだけで、本件特許発明の「透明の合成樹脂フィルム」を表示紙を構成する層の一つとして採用し(構成要件1(二))、かつ、この「透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残存するようにした」という構成(構成要件2)をそのまま利用できることに着眼し、また郵便規則が改正されてそのような使用が認められるようになったため、昭和六二年五月ころに大和銀行の子会社の敷島印刷とタイアップして本件特許発明の実施品を完成し、これを「しんてんシール」の名称で製造販売した(甲第三、第四、第一二号証)。このような商品の製造販売は原告が他にさきがけて手懸けていたものであるが、その後他の業者が次々に参入し、平成元年から社会保険庁が年金の通知書のラベルに採用したことを契機として、本件特許権を侵害する製品が大量に製造販売されるようになった。

2 本件特許発明の特徴ないし構成要件1、2の解釈に関する被告らの主張について

(一) 被告が引用する公知技術には、被着物の印刷が消されないようにするために、表示紙を構成する層の一つとして「透明の合成樹脂フイルム」を採用し(構成要件1(二))、かつ、この「透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残存するようにした」(構成要件2)という本件特許発明の技術思想が全く認められず、これらの公知技術を根拠に本件特許発明の技術的範囲を限定して解釈することは許されない。

(1) 本件特許発明出願前公知の実用新案出願公開昭五0-一二0六二号に係る明細書(乙第五号証の1・2)には、被着物の印刷が消されないようにするという目的に関しても、「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」という構成要件に関しても、何らの言及及び示唆がない。

被告らは、この点について、乙第五号証の1・2の下側シートは色彩等を施さない無地のものでよいとされているので、無地無色のプラスチックフイルムを選択すると、当然に透明な樹脂層が形成され、右透明な樹脂層を通して被着物の表面が見える構成になると主張するが、右乙第五号証の2には、下側シートとして、「紙、各種のプラスチックフイルム、金属箔等が使用せられる」(2頁16行~18行)と記載されており、透明性のない紙や金属箔と等価のものとしてプラスチックフイルムが記載されている。したがって、この下側シートのプラスチックフイルムとして透明なものを採用することは、乙第五号証の1・2に開示された技術の範囲を超えるものである。また、無地とは、模様のないもののことをいうのであって、透明なものをいうのではない。むしろ、無地という言葉は、「全体が一色で模様の無いこと」(新明解国語辞典、三省堂発行)をいうのであり、何らかの色に全体が均一に着色されているものを意味するから、透明なものは積極的に排除されているのである。なお、「下側シートに模様、色彩等をあらかじめ施したもの」(乙第五号証の2)というのは、無地のものの表面に模様を描いたり、部分的に色彩を施して模様を現出したりしたものということであり、色彩のないもの(有体物には、厳密にはこのようなものは存在しない。)を無地といっているのではない。

(2) 被告らは、実用新案出願公開昭四八-一0三六六三号に係る明細書(乙第四号証の1・2)にはガラスの遮光、装飾又は破損分散防止のため、ガラスに感圧性接着剤で樹脂フイルムを貼付し、その上層を剥離できるフイルム粘着シートが示されているところ、ガラスの破損防止用であれば光を遮らない透明樹脂フイルムが当然予定されていると主張するが、右樹脂フイルムは、「近年合成樹脂フイルムが多方面に使用されて来ておりビルディングの窓ガラスに貼布して太陽光線の遮断に破損分散防止に使用したり又印刷したものをショーウインドー等に貼布して装飾宣伝に使用されている」(乙第四号証の2(1)頁11行~15行)と記載されているとおり、太陽光線の遮断に使用されたり、印刷を施して装飾宣伝に使用されたりするものであるから、透明の合成樹脂フイルムではない。

(3) 被告らが、表示紙や接着テープの分野において、被着物に感圧性粘着剤層により貼着する層を透明樹脂層とするのはいわば構成上の常套手段であることが分かるとして引用する乙第一二号証の添付資料1、2、4ないし6はいずれも表示紙に関するものではない。

資料1、2、4及び5はいずれも転写紙に関するものであり、したがって、透明の合成樹脂フイルムが被着物に貼着されるものの、この透明の合成樹脂フイルムには、いずれも文字や記号等が印刷され又は付着しているものである。文字や記号等が印刷され又は付着した透明の合成樹脂フイルムは、一部透明であるかもしれないが、文字や記号等の部分は透明ではなく、全体として透明ではない。換言すれば、被着物に透明の合成樹脂「のみ」を残存させるものではない。かえって、被着物から透明の合成樹脂フイルムのみを除去し、文字や記号等を残存させるものもある。もちろん、被着物表面の印刷を透明の合成樹脂フイルムを通して見ようというものでもない。

資料6は、封緘テープに関するものであり、いわゆるセロハンテープ(「セロテープ」の商標でよく知られている。)を二重に積層したものであって、このセロハンテープの支持体が透明である(市販の「セロテープ」が透明であるとの意味である。)というものに過ぎない。このような封緘テープは、本件特許発明に係る荷札やラベル等の表示紙とは全く別の物品であるから、本件特許発明とは何の関係もない。

(二) 被告らは、本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルムとの間の疑似接着は、紙の上に合成樹脂を低温溶融押出しによって被覆することによって実現されているので、技術上の制約から、透明合成樹脂フイルム層の厚みは一五μmを上回るものである旨主張する。

しかし、本件特許発明は、「紙」と「透明合成樹脂」との疑似接着を構成要件とするものではない。「紙」と「透明合成樹脂」との疑似接着を構成要件とするのは、特許請求の範囲第4項の表示紙の製造方法である。また、本件特許発明の透明の合成樹脂フイルム層は、低温溶融押出しによって製造されたものに限らない。本件明細書の特許請求の範囲第1項には、右層がどのようにして製造された物であるかについて何の限定も付されていない。本件明細書中に溶剤塗布法による積層が記載されていないのは、溶剤塗布法は本件特許発明の出願前に周知の技術に過ぎず(溶剤塗布法により紙に剥離可能な合成樹脂フイルム層を疑似接着することは当業者にとって容易なことである。甲第二六号証)、物の発明である本件特許発明の説明としては、記載する必要性がなかったからである(このことは、紙と合成樹脂フイルムを剥離可能に接着したものに関する実開昭五一-二四四0二号明細書〔甲第二四号証の4〕において、それをどのように製造するか記載されていないことからも明らかである。)。

本件明細書において「この発明を説明すると、」という書出しで説明された技術(公報3欄13行以下)は、特許請求の範囲第4項の表示紙の製造方法の発明に関するものであるから、この書出しを根拠に本件特許発明(物の発明)の技術的範囲を確定することは誤っている。一個の特許出願に二以上の発明が包含されている場合、各発明について特許され特許権が設定されたものであるから(特許法一八五条)、各発明を独立して解釈しなければならない。本件においては、物の発明たる本件特許発明が特定発明であり、製造方法の発明たる特許請求の範囲第4項の発明が併合発明であるから、特定発明の技術的範囲を解釈するに当たって、併合発明の内容を参酌することは許されない。併合発明の技術的範囲を解釈するについても、特定発明の内容に拘束されないのが原則であるから、ましてや、特定発明の技術的範囲を解釈するについて、併合発明の内容を参酌することはできないのである。

発明の詳細な説明中に、透明合成樹脂フイルムの厚さは一五~五0μmが最適である旨記載し、実施例に四0μmのものを記載しているのは、単に好ましい厚さ、最適の厚さを記載しただけであるから、これらの記載を根拠に本件特許発明の透明の合成樹脂フイルム層の厚さが限定されることはない。

(三) 被告らは、本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルム層との間の疑似接着は機械的係合のアンカー効果が生じることによって実現するものである旨主張するが、右疑似接着は、ファンデルワールス力を主とする分子間引力によるものである(甲第二六号証)。

3 本件特許発明の構成要件1、2とロ号物件の構成A、Bの対比

(一) ロ号物件の構成Aは本件特許発明の構成要件1を、ロ号物件の構成Bは本件特許発明の構成要件2を各充足する。

もっとも、ロ号物件では、本件特許発明の構成要件にはない構成A〈2〉の着色ポリエチレン層を有している。しかし、特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているのであり、本件特許発明の構成要件は絶対に欠くことのできない事項のみで成り立っているのであるから、これに他の構成を付加した物件については、それが本件特許発明の目的を達し、かつ所期の作用効果を奏するときは、本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきである。ロ号物件は、本件特許発明の構成要件をすべて具備したうえ、これに構成A〈2〉の着色ポリエチレン層を付加しているだけであり、本件特許発明の作用効果をすべて奏するのであるから、本件特許発明の技術的範囲に属するものである。

(二) 被告らは、積層体においては積層の数が重要である旨主張するが、ロ号物件に着色ポリエチレン層が存在し本件特許発明と層数が異なることによって、本件特許発明の一体性が害されたり、所期の作用効果の達成が阻害されたりしてはいないのであるから、層数が異なることは、ロ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属することに何ら影響を及ぼさないものである。

仮に、ロ号物件において着色ポリエチレン層が文字印刷のある紙とアクリル系透明樹脂層との間に介在することによって、異なる発明の対象となるような技術的思想が認められるとしても、ロ号物件は本件特許発明の構成要件すべてを具備し、これをそっくり利用しているのであるから、ロ号物件の実施は、本件特許権の侵害を構成することになる(特許法七二条)。

(三) 被告らは、ロ号物件における着色ポリエチレン層は隠蔽紙にとってその目的を達成し所期の作用をさせるために必須不可欠のものであると主張する。しかし、本件特許発明は、特定の積層構造とし、特定の層のみが被着物に残存するようにした表示紙であり、ロ号物件における着色ポリエチレン層の存在は、この思想を具体化して商品とする際に、隠蔽性を向上させるために一つの層を付加したということに過ぎず、本件特許発明の思想そのものが内在するから、ロ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属することは明らかである(付加による侵害)。また、表示紙の隠蔽性を向上させるには、紙と透明樹脂層の間に着色ポリエチレン層を挿入する以外にも、表示紙の表面全体を青色や緑色で着色したり、表示紙の表面に高密度に印刷を施したり、紙自体にチタン処理をする等の方法があるから、着色ポリエチレン層の存在は隠蔽性を向上させるために必須不可欠のものではない。

(四) 本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルム層との剥離容易な疑似接着と、ロ号物件における着色ポリエチレン層とアクリル系透明樹脂層との剥離容易な疑似接着とは、いずれもファンデルワールスカを主とする分子間引力によるものであるから、接着の原理にも差異がない。

4 本件特許発明及びロ号物件の作用効果に関する被告らの主張について

(一) 被告らは、本件明細書記載の作用効果1後段の「剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である。」との点は多数の公知技術にとって当然の効果であるとして「対比表」記載の各証拠を挙げるが、被着物の表面の印刷が消されることがないという作用効果は、右各公知技術において本来的に全く予想されていないものであり、本件特許発明に特有の作用効果であって、この点こそが本件特許発明の技術的思想の中核をなすものである(前記1(二)3参照)。

このうち、乙第四、第五号証の各1・2の合成樹脂フイルムは透明ではないし、乙第一二号証の添付資料1ないし6は、転写紙又は封緘テープに関するものであるから、いずれも「剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である。」という効果を奏するものでないことは前記2(一)の(1)ないし(3)記載のとおりである。また、乙第七号証の1~3(先願明細書)に係る考案は、1(二)(4)記載のとおりであって、表層の下に積層された層が紙で構成されていて、透明の合成樹脂フイルム層ではないから、被着物の表面の印刷が消されないという作用効果を奏するものではない。

その余の公知例も、実用新案出願公告昭四三-一一四四六号に係る「副紙を重層した壁紙」(乙第一号証)は壁紙に関するもの、特許出願公告昭四四-二三0六四号に係る「陶磁器用転写絵付シート」(乙第二号証)は転写シートに関するもの、実用新案出願公開昭四八-二六二六二号に係る「接着テープ」(乙第三号証)は、封緘用接着テープに関するもの、実用新案出願公開昭五0-七一00一号に係る「転写紙」(乙第六号証の1・2)は転写紙に関するものであり、いずれも本来的に被着物の表面の印刷が消されることがないという作用効果を奏するものではない。しかも、乙第一、第三号証の技術においては、表層の下に積層された層は透明の合成樹脂フイルム層ではない。乙第二号証の転写シートは、かえって被着物の印刷を消すものである。

(二) 本件明細書記載2の剥離後の「合成樹脂の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる」との点について、被告らは、ロ号物件は二重貼りや三重貼りなどという用法はあり得ないから、右作用効果を奏しないものである旨主張するが、例えば、ロ号物件を使用する者において、ロ号物件を葉書に貼着したが機械の故障や調整ミス等により正規の場所に貼着できず貼りずれが生じた場合には、表層を剥離して葉書に残存した透明樹脂層の上から重ねてロ号物件を貼着するという用法を採用することがあるから、被告らの主観的な見方はともかく、客観的には右2の作用効果を奏するのである。

(三) 本件明細書記載3の従来品より「安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用すること」ができるとの点が本件特許発明の作用効果でないことは、前記1(二)(3)記載のとおりである。

5 本件特許発明に対する無効審判請求事件の審決について

右1ないし4の原告の主張が正当であることは、本件特許発明について訴外モダン・プラスチック工業株式会社のした無効審判請求事件において右審判請求は成り立たないとした審決(甲第二四号証の1。以下「本件審決」という。)からも明らかである。

本件審決は、本件特許発明と引用発明(乙第五号証の1・2)との相違点として、A 本件特許発明では、種々の印刷を施した紙と合成樹脂フイルムは、接着剤を介さずに積層されているのに対し、引用発明は、接着層を介して積層されている点、及びB 本件特許発明では、合成樹脂フイルムとして透明な物を用いることを限定しているのに対し、引用発明では、透明な合成樹脂フイルムを用いることが記載されていない点を挙げる。

そして、相違点Aについては、実用新案公開昭五一-二四四0二号(甲第二四号証の4)を引用し、「剥離される2つの層を接着剤層を介さずに積層した構成とすることは、本件特許の出願前公知であるから、引用発明における、剥離される上側シートを下側シートに接着剤層を介して積層する構成に替えて、右甲第二四号証の4に記載の剥離される2つの層を接着剤層を介さずに積層する構成を採用して本件特許発明の相違点Aに記載の構成とすることは、当業者が容易になし得ることである。」旨説示して、結局、接着剤層を介さずに積層するか否かは、特許性(進歩性)を判断するについて実質的な相違点とは認められないと認定している。

一方、相違点Bについては、本件審決は、「前記甲各号証には、引用発明におけるプラスチックフイルムとして透明の材料を用いることについて示唆する記載もないから、本件特許発明の相違点Bに挙げた構成は、当業者が容易に想到し得たものではない。そして、本件特許発明は、前記相違点Bで挙げた構成を有することにより前記作用効果の対比において挙げた、被着物表面に残留する部分が被着物表面の印刷を消さない、という優れた作用効果がもたらされる。」旨説示して、特許性(進歩性)を判断する上における重要な相違点と認定し、この相違点Bの存在により、本件特許発明は特許性(進歩性)を有しているものと認めたのである。すなわち、本件特許発明の本質は、表示紙中に透明の合成樹脂フイルム層を設け、この層より上の層を剥離除去し、この層以下を残存させ、被着物表面の印刷を消さず、見えるようにするという点にあり、本件特許発明はこの本質に基づいて特許が付与されたものである。

【被告らの主張】

本件特許発明の構成要件1及び2は、〈1〉種々の印刷を施した紙の層、〈2〉透明の合成樹脂フイルムの層、〈3〉感圧性粘着剤の層、〈4〉剥離紙の四層を「順に積層し」て紙に透明の合成樹脂の層を直接疑似接着した(剥離容易に接着した)構成を意味するから、紙と透明の合成樹脂との間に別の層(隠蔽層)を介在させ、剥離容易な疑似接着が紙と透明の合成樹脂との界面以外のところ(隠蔽層と透明の合成樹脂層との間)で実現されている五層の積層体であるロ号物件は、右構成要件1及び2を具備しない。

また、本件特許発明の透明の合成樹脂フイルムは、薄くても一五ないし二0μmのものに限定される。

1 本件特許発明の構成要件1及び2の意義

(一) 本件特許発明の特許請求の範囲には、〈1〉種々の印刷を施した紙、〈2〉透明の合成樹脂フイルム、〈3〉感圧性粘着剤、〈4〉剥離紙を「順に積層したことを特徴とする」と記載されている。

これは、本件特許発明の表示紙の積層の物的構成を規定したものであり、「順に積層した」とは、単に積層体の紙の層より下のどこかに合成樹脂フイルム層が存在していればよいという意味ではなく、右の〈1〉の層と〈2〉の層、〈2〉の層と〈3〉の層、〈3〉の層と〈4〉の層がそれぞれ他の層を介在させることなく隣接し、各層が〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉の順番に積層されていることを意味する。本件明細書には、積層の構成順序を乱してよい旨の記載はなく、その旨示唆する記載もない。

(二) 本件特許発明の構成要件2によれば、本件特許発明の表示紙は、透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残す、つまり、紙、透明の合成樹脂フイルム、感圧性粘着剤の三層からなる積層物を被着物に貼付した後に、紙の一層だけを剥がすことができる、というのである。右は、表示紙の使用時における作用ないし機能の記載であって、特許請求の範囲の記載としては不適切であるが、その趣旨は、紙の層と透明の合成樹脂フイルムの層が剥離可能に接着され、その間の接着強度が、透明の合成樹脂フイルムの層と感圧性粘着剤の層との接着強度、感圧性粘着剤の層と被着物との接着強度のいずれよりも十分低い、いわゆる疑似接着をしていることを示すにあると解される。

本件特許発明の特許請求の範囲には、紙の層と透明の合成樹脂フイルムの層との間の、右の十分低い接着強度を得るための機械的構造ないし接着態様が何ら規定されておらず、これを実現する技術的構成が不明であるから、その接着の態様は、本件明細書の記載に照らして理解する外はない。

本件明細書には、「この発明を説明すると、」という書出し(3欄13行)に続いて、ポリエチレン、ポリプロピレン等の合成樹脂を、通常の溶融押出し温度より低い温度で紙の表面に溶融押出しして積層することにより、紙と樹脂との剥離可能な接着を得られることが説明されているだけである。そうすると、紙と透明の合成樹脂フイルムとの積層の構造として本件明細書に開示されているのは、紙にポリエチレン、ポリプロピレン等を低温溶融押出しで直接積層した構造が唯一のものであり、右以外の構造は全く示されていない。実施例も、紙とポリエチレンとの直接積層・疑似接着のものである。このように、本件明細書に記載された技術の重点は、紙にポリエチレン、ポリプロピレン等を通常の溶融押出しとは異なる低温溶融押出しで直接積層するところにあり、したがって、本件特許発明の積層体の機械的構造としても、紙と透明の合成樹脂フイルムとを直接積層した構造であることが重要である。ちなみに、本件審決においても、本件特許発明は、種々の印刷を施した紙と合成樹脂フイルムとは、接着剤を介さずに積層されているものと認定されている。

(三) このことは、本件特許発明と先願明細書記載の技術及び公知技術との比較からも明らかである。

(1) 先願明細書(乙第七号証の2)には、「段ボール箱を損傷させることなく剥離を容易にした荷札」として、紙を二層に積層し、下層の紙を段ボール箱などの被着体に残して上層の紙だけを剥がせるようにした荷札の考案が示されている。そして、本件明細書において、右先願の考案では上層の紙を剥離した後に段ボール箱の表面に残る下層が紙の層なので段ボール箱の表面の印刷が消されてしまう欠点があることを指摘し、本件特許発明は右先願の考案の改良である旨説明されている。

つまり、右先願の考案における荷札の下層の紙に代えて、これを透明の合成樹脂フイルムの層とし、紙と透明の合成樹脂層との剥離容易な積層構成としたのが本件特許発明である。

(2) 本件特許発明出願前公知の実用新案出願公開昭五0-一二0六二号に係る明細書(乙第五号証の1・2)には、〈1〉印刷表示をした紙に、接着強度の弱い感圧性接着剤等の接着剤層を介して、〈2〉下側シート(紙や各種のプラスチックフイルム、金属箔等)を剥離容易に接着し、その下に〈3〉感圧性接着剤等の接着剤層を設け、〈4〉右〈3〉の接着剤層によって〈1〉と〈2〉の積層物を剥離紙に添着した表示紙であって、剥離紙から剥がして被着物に貼付した後に、〈2〉の下側シートを残して〈1〉の印刷表示をした紙の層を剥がすことができる構成のものが記載されている。

下側シートは、色彩等を施さない無地のものでよいとされているので、無地無色のプラスチックフイルムを選択すると、当然に透明な樹脂層が形成され、右透明な樹脂層を通して被着物の表面が見える構成になる。被着物としては段ボール箱等が示されており、剥離時の段ボール箱の損傷防止及び接着シートの重畳的貼付の可能性等について、本件明細書と同様の記載がみられる。

本件特許発明における、紙の層を剥がして透明の合成樹脂フイルム層のみを被着物に残存させることができる構成及びその構成を採用したことによる作用効果は、右公知の乙第五号証の1・2の表示紙と同じであって、本件特許発明に特有のものではない。

両者の相違点は、右公知の表示紙では、上層の紙に、接着剤層を介して透明のプラスチックフイルム層を剥離容易に積層(疑似接着)しているのに対し、本件特許発明では、上層の紙に、接着剤層を介することなく直接に、透明合成樹脂フイルム層を剥離容易に積層している点にあるから、この構成が本件特許発明にとって重要というべきである。

原告は、右公知の表示紙における下側シートのプラスチックフイルムとして透明なものを採用することは、乙第五号証の1・2に開示された技術の範囲を超えるものである旨主張するが、紙や金属箔(これは透明層ではない。)と併記されている各種プラスチックフイルムは、特に断らない限り透明であると理解するのが当然である。材料である種々の熱可塑性合成樹脂は、その性質上、溶融成形してフイルム等の薄層を形成した場合、隠蔽遮光などの目的で顔料を添加し着色したときを除き、当然に透明になるからである。

(3) 実用新案出願公開昭四八-一0三六六三号に係る明細書(乙第四号証の1・2)には、ガラスの遮光、装飾又は破損分散防止のため、ガラスに感圧性接着剤で樹脂フイルムを貼付し、その上層を剥離できるフイルム粘着シートが示されている。ガラスの破損防止用であれば、光を遮らない透明樹脂フイルムが当然予定されているはずである。

本件特許発明の積層構造と比べれば、乙第四号証の1・2の粘着シートが表面層と合成樹脂層とを接着剤層を介して剥離容易な疑似接着により積層したものであるのに対し、本件特許発明が接着剤層を介さず直接に剥離容易な疑似接着により積層したものである点が相違するに過ぎない。

(4) 表示紙や接着テープの分野において、被着物に感圧性粘着剤層により貼着する層を透明樹脂層とするのは、いわば構成上の常套手段であることが分かる(例えば乙第一二号証の添付資料1ないし6〔別紙「本発明及びイ号と公知例の層構造の対比」参照。以下「対比表」という。〕。被着物に感圧性接着剤層を介して積層した樹脂フイルムにつき、資料1、2、4にはclear layerと、資料5にはtransparentと、資料6には「透明」と記載されている。)。

(四) 本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルムとの間の疑似接着は、以下のような方法で実現されている。

紙へ樹脂層を直接に積層するには、実際上ポリオレフィンの溶融押出し塗布に限られる。

本件特許発明のように、紙と合成樹脂とを剥離容易に疑似接着するために、紙の上に汎用のポリエチレンやポリプロピレン等の熱可塑性樹脂を慣用のTダイを用いた溶融押出法により薄く塗布して冷却する方法(エクストルージョン・ラミネート法)を用いる場合、通常の溶融押出塗布による被覆法とは異なる手段をとる必要がある。すなわち、紙にポリエチレンを剥離困難に被覆接着するには、本件明細書に説明されているとおり、紙と接する時点での樹脂温度を通常三00℃~三二0℃程度にするのであるが(三00℃未満の低温では紙に樹脂がよく接着しない。)、本件特許発明では、右の低温では接着強度が弱くなる現象を利用し、樹脂温度を通常の溶融温度より十分下げることによって、紙と合成樹脂との剥離容易な疑似接着の状態を得ているのである。この疑似接着は、多孔性である紙の空隙に溶融樹脂が浅く入って固まり、機械的係合のアンカー効果が生じることによって実現するものである。

また、一般に、Tダイを用いた溶融押出法によって紙やフイルム上に樹脂を被覆する場合、溶融樹脂が押し出される細いスリットの間隙幅に技術上の限界があるので、その制約を受け、きわあて薄い被覆厚は形成できない。本件明細書には、透明の合成樹脂フイルム層の厚みが一五μm未満では不可である旨の記載があり、実施例では、透明合成樹脂層の厚さは四0μmとされているから、本件特許発明における透明の合成樹脂フイルム層の厚みは一五μmを上回るものである。

2 本件特許発明の作用効果

(一) 本件明細書記載の作用効果1前段の「段ボール、紙箱等の被着物を破損することなく簡単に荷札、ラベル等の表示紙を剥離できる」との点は、別紙「対比表」の各図に示した公知の発明や考案に係る圧着紙(ただし、資料4を除く。)にとって共通の目的を達成する共通の効果であり、1後段の「剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく(被着物表面が透けて見えて)美麗である」との点も、「対比表」に図示した被着物に残存させる層を透明樹脂層(黄色に着色したもの)にした多数の公知技術にとって当然の効果である。

2の剥離後の「合成樹脂層の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる」との点も、公知の表示紙(壁紙や荷札。「対比表」の乙1、5)にみられる効果である。

そうすると、本件特許発明の中心的な作用効果は、3の従来品より「安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用すること」ができるとの点にあるというべきである。

(二) 原告は、右3の作用効果は、特許請求の範囲第4項の「表示紙の製造方法」に係る発明の作用効果であって、物の発明たる本件特許発明の作用効果ではないと主張する。

しかし、例えば、従来品と同一機能を有するがより構造が簡単で安価であり従来法により製造することができる物を得ようとの目的から出発して、右目的を達成する特定の構成の物を発明したときは、その特定の構成の物であるからこそ、製造が容易であり安価なのであるから、このメリットは、従来法という新規性がない製造方法自体の効果ではなく、発明した新規な物が安価な材料からなり従来法により作ることができる構造であること(物の発明的構成)のもたらす効果なのである。

本件特許発明の透明合成樹脂層は、安価なポリエチレン樹脂の積層に従来慣用されていたTダイによる溶融押出塗布法(エクストルージョン・ラミネート法)によって形成できる樹脂層である。このような構成の透明樹脂層(物の構成)であるからこそ、安価で、かつ、従来の溶融押出塗布法により製造できるというメリットがあるのであって、従来のTダイによる溶融押出塗布法には従来同様の方法としての効果があるに過ぎない。

3 本件特許発明の構成要件1、2とロ号物件の構成A、Bとの対比

(一) 本件特許発明は、〈1〉種々の印刷を施した紙、〈2〉透明の合成樹脂フイルム、〈3〉感圧性粘着剤、〈4〉剥離紙の四層を右の順に積層した構成であり(構成要件1)、〈1〉の紙と〈2〉の透明の合成樹脂フイルムとを剥離容易に疑似接着している(構成要件2)のに対し、ロ号物件は、〈1〉紙、〈2〉着色ポリエチレン層(隠蔽層)、〈3〉透明樹脂層、〈4〉感圧性粘着剤層、〈5〉剥離紙層の五層を右の順に積層した構成であり(構成A)、〈2〉の着色ポリエチレン層と〈3〉の透明樹脂層とを剥離容易に疑似接着している(構成B)。両者は、積層数及び積層の構造において相違する。

さらに、本件特許発明における透明の合成樹脂フイルム層は一五μmより厚いものであるのに対し、ロ号物件における透明樹脂層は、二μmとはるかに薄い点で相違する。

(二) 原告の主張について

原告は、ロ号物件は本件特許発明の構成要件をすべて具備したうえ、これに構成A〈2〉の着色ポリエチレン層を付加しているだけであり、本件特許発明の作用効果をすべて奏するのであるから、本件特許発明の技術的範囲に属するものであると主張するが、右主張は、特許発明の構成要件と対象物件の構成を個別に対比し、対象物件が特許発明の個々の構成要件に対応する要素を備えていさえすれば当然に特許権侵害が成立するとする形式的な考えに基づくもので、個々の技術要素を一体不可分に結合したところに技術的思想としての発明が成立することを忘れた謬論である。

(1) 一般に、積層体においては、積層の数、順序、各層の物質の選択、積層方法及び各層の物理的形状・化学的性質等によって決まってくる層と層との接合態様などが重要な技術的事項である。

特に本件特許発明のように、「…のみを被着物に残存するようにした」という使用上の目的を達成すべき積層体にあっては、各層の接合の態様及び隣接層の各接合の強さの相対的な関係が極あて重要である。四層の積層体の層間に別の一層を入れて五層としたものは、積層の順序及び隣接する層と層との接合態様が四層のものとは当然異なるから、四層の積層体に単に一層を付加しただけであるなどとはいえない。積層の順序及び層と層との隣接関係を異にする五層の積層体には、四層の積層体の発明思想が一体性を損なうことなく実現されているとはいえないのである。

(2) ロ号物件における着色ポリエチレン層は、本件特許発明の構成に単に付加したというものではなく、隠蔽紙にとってその目的を達成し所期の作用をさせるために必須不可欠のものである。

これは、ロ号物件が表示紙といえるか(争点1(二))にも関連する問題であるが、荷札等の表示紙では、これを貼付したときに段ボール箱の表面が多少透けて見えるかどうかは格別問題にはならない。

しかし、ロ号物件のような葉書等に用いる隠蔽紙(郵便葉書等に記載された通信文等による情報を特定の名宛人以外の目から秘匿することを目的として、書面の表面に貼付されるシート状の積層物)では、被着物を透かして見たとき紙下の記載がわかるようでは、そもそも隠蔽紙としての目的を達成できない。とはいえ、表面層である紙を黒色ないし暗色にすると、美麗でなく印刷にも適さず、種々の不都合がある。そこで、隠蔽紙においては、表面の紙の層の下に、葉書に貼付した表面の紙の層を剥がすと一緒に剥がれる着色隠蔽層を設けることが必要となるのである。

(3) 本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルム層との剥離容易な疑似接着は、前記1(四)のとおり、多孔性である紙の空隙に溶融樹脂が浅く入って固まり、機械的係合のアンカー効果が生じることによって実現するものであるのに対し、ロ号物件における着色ポリエチレン層とアクリル系透明樹脂層との剥離容易な疑似接着は、以下のとおり、アンカー効果が生じない接着の構造であって、接着する材料について適度の化学的接着力を生じるような物質を選択することで得られる比較的弱い分子間引力によって実現されるものであり、本件特許発明とは技術思想を異にする。

ロ号物件は、隠蔽紙用であるところ、被着物から着色ポリエチレン層を剥いだときにこれが被着物側に残らないようにする必要があり、そのためには、〈1〉紙の層と着色ポリエチレン層とを十分高い接着強度で剥離困難に接着させ、〈2〉着色ポリエチレン層とアクリル系透明樹脂層とを十分低い接着強度で剥離容易に疑似接着させなければならない。

そこで、〈1〉の目的を達成するため、紙の上に着色ポリエチレン層を通常の溶融押出し温度(約三二0℃。本件特許発明では樹脂温度を意識的にこれより低い温度にしていることは前記1(四)のとおり)で押し出して塗布し、両者を十分強固に接着させて被覆している。

また、〈2〉の目的を達成するため、アクリル系樹脂がポリエチレンと相性が悪い(ただし、紙とポリエチレンほどではない。)点に着目し、着色ポリエチレン層(隠蔽層)にアクリル系樹脂(透明)を溶剤塗布法(樹脂層形成材料に溶剤を添加した塗布液を常温で塗布し積層した後に、加熱炉内で加熱し、溶媒を揮発させて被膜とすること)により積層している。そのため、アクリル系透明樹脂層は、Tダイによる溶融押出法で得られる本件特許発明の透明の合成樹脂フイルム層よりはるかに薄い厚さ約二μm程度の層である。そして、右疑似接着は、高温溶融押出しにより表面が十分活性化されたポリエチレン層と、下層のアクリル系樹脂との界面の比較的弱い分子間引力を利用して適当な弱い接着力を設定したことにより得られるものである。着色ポリエチレン層もアクリル樹脂層も多孔質ではなく、極めて密な材料であって、本件特許発明のようにアンカー効果は期待できない。

4 本件特許発明の作用効果とロ号物件の作用効果の対比

(一) 本件明細書記載の作用効果のうち、1の「段ボール、紙箱等の被着物を破損することなく簡単に荷札、ラベル等の表示紙を剥離できるだけでなく、剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく(被着物表面が透けて見えて)美麗である」との点は、前記2(一)のとおり、多数の公知技術にみられる作用効果である。

ロ号物件も、多くの公知技術と同様に、表面の紙及び着色ポリエチレン層(隠蔽層)を一緒に簡単に剥離することができ、アクリル系透明樹脂層を透かして、葉書に記載された情報を読むことができる。

(二) 2の剥離後の「合成樹脂の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる」との点も、前記2(一)のとおり、公知技術にみられる作用効果であるが、ロ号物件は、二重貼りや三重貼りなどという用法はあり得ず、本件明細書記載2の作用効果を全く予定ないし期待していないものであるから、右作用効果を奏しないものである。

(三) 本件明細書記載の3の従来品より「安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用すること」ができるとの点は、前記2(一)(二)のとおり本件特許発明の中心的な作用効果であるところ、ロ号物件では、その透明合成樹脂層がアクリル系樹脂からなり、アクリル系樹脂はポリエチレンに比べて高価であるため、材料を少なくして層厚を薄くしたいので、一五μm以下の薄い積層はできない本件明細書記載のTダイによる溶融押出法(エクストルージョン・ラミネート法)ではなく、溶剤塗布法によって厚み約二μmの透明合成樹脂層を形成している(なお、一般に、アクリル系の透明合成樹脂層を溶融押出法によって積層形成することは、現在でも行われていない。)。

そうすると、ロ号物件は、本件明細書記載の3の効果を享受していないことになる。

5 本件審決について

(一) 本件審決は、本件特許発明では「種々の印刷を施した紙と合成樹脂フイルムは、接着剤を介さずに積層されている」と説示して、本件特許発明が紙と合成樹脂フイルムとを直接に積層した構成である旨認定している。したがって、本件審決は、紙と透明の合成樹脂フイルムとの接着が直接でも間接でもよいという原告の主張を裏づけず、かえって、被告らの主張に沿うものといえる。

(二) 本件審決は、本件特許発明では、合成樹脂フイルムとして透明なものを用いることを限定している点に乙第五号証の1、2の考案と相違する旨認定しているが、これは本件特許発明と同号証との関係について述べたに過ぎない。

本件審決が引用する以外の公知文献によれば、前記1(三)(4)のとおり、被着物に感圧性粘着剤層により貼着する層を透明樹脂層とするのはいわば構成上の常套手段である。

二  争点1(二)(ロ号物件は本件特許発明の構成要件3を具備するか)

【原告の主張】

ロ号物件は、本件特許発明の構成要件3を具備するものである。

1 被告らは、本件特許発明の構成要件3にいう「表示紙」は、構成要件1(一)ないし(四)の各層を、ほぼ同形同大に重ね合わせた一枚一枚の荷札やラベル等であると主張するが、そのような態様のものに限られるものではなく、同形同大でないものも、多数枚の集合物も含むものである。

(一) 特許請求の範囲第1項には、表示紙が一枚一枚のものでなければならないとも、各層が同形同大でなければならないとも、一切記載されていない。

(二) 被告らの引用する発明の詳細な説明の欄の記載は、表示紙を使用する場合に関する説明をしているものであり、最終の使用状態では一枚一枚を使用するものであるから、当然に一枚一枚を意識して説明したに過ぎない。

つまり、使用時の態様として一枚一枚の荷札やラベル等を意識した記載であって、販売時の態様について一枚一枚販売されることを意識した記載ではない。

また、被告ら主張のように図面の簡単な説明の欄において、図面に記載した表示紙を「この発明」と説明したのは、「この発明の一実施例に係るもの」と記載すべきところを、省略して、そのように記載したに過ぎない。なぜなら、図面は具体的な物を表現する手段であり、抽象的な技術的思想たる発明を直接表現することはできず、図面に示されている具体的な物は常に一例を示すに過ぎないからである。

被告らの解釈は、本件特許発明の構成要件3にいう「表示紙」の意義を本件明細書の発明の詳細な説明の欄の記載や図面を参酌して確定するという域を超えて、これらの記載や図面を特許請求の範囲と同列に扱うに等しいものである。

2 ロ号物件は、隠蔽機能を有する表示紙に外ならない。

(一) 被告らは「表示紙」と「隠蔽紙」とは異なる旨主張するが、相違として主張するところは、複数の機能を有する物品の一面の機能を抽出してそれに基づいて称呼するか、他の面の機能を抽出してそれに基づいて称呼するかの相違に過ぎない。

ロ号物件の両面コート紙の表面に印刷が施されていることには争いがなく、ロ号物件を表示機能の面から称呼すれば表示紙であり、隠蔽機能の面から称呼すれば隠蔽紙になるというだけのことであって、実体は同一のものなのである。

被告らは、ロ号物件の表面に印刷表示があっても、葉書等の被着物の配達先や記載内容についての情報を示すものではなく、通信文の出所、隠蔽された情報の存在及び剥離法が印刷されているだけであり、表示紙が本来目的としているような性質内容の情報を表示していない旨主張する。しかし、「表示」というのは、何らかの事実や情報等、それを見る者に伝達したいことが記載されていることをいうのであって、配送先等の特定の事項が記載されている場合だけを指すものではない。ロ号物件に通信文の出所等が記載されているのは、見る者にそのことを伝達したいからであるから、「表示」以外の何物でもない。

(二) なお、被告らは、昭和五五年末の郵便規則の改正により「隠蔽紙」が出現した旨主張し、これを根拠に「表示紙」と「隠蔽紙」の概念の区別があるかのように主張するが、恣意的な区分という外はない。

昭和五五年末の郵便規則の改正は、単に宛名書にラベル記載の貼付によるものを認めるというだけのものであり、原告の本件特許発明の実施品やロ号物件のような態様の使用方法が公に認められるようになったのは、昭和六三年の郵便規則の改正を境にするものである。一【原告の主張】1(二)(5)記載のとおり、原告は、同規則の改正に先立って、郵政当局と折衝を重ね、実際には「しんてんシール」を製造販売するまでになっていたのである。

(三) ちなみに、本件審決は、本件特許発明と引用発明(乙第五号証の1・2)の適用分野すなわち用途について、「本件特許発明の用途にラベルがあり、引用発明にもラベルとしての用途があるから、両者は、適用分野の点で一致する。」と説示して、荷札、ラベル等の表示紙として適用分野を特定し、ラベルも表示紙の一つであるとしている。

ラベルとは、「小さな紙片よりなる貼り紙」のことであり、被着物に貼付する小さな紙片は、ラベルの概念に包含される。ロ号物件は、葉書に貼付する小さな紙片であって、ラベルの概念に包含され(それを隠蔽紙と言おうと何と言おうと、ラベルであることには相違ない。)、本件特許発明における表示紙の一つであるラベルと同一であるから、本件特許発明とロ号物件との間に、物品としての相違はない。

【被告らの主張】

1 本件特許発明の構成要件3にいう「表示紙」は、構成要件1(一)ないし(四)の各層を、ほぼ同形同大に重ね合わせた一枚一枚の荷札やラベル等であるところ、ロ号物件はかかる構成要件3を具備しない。

(一) 本件特許発明の構成要件3にいう「表示紙」が各層をほぼ同形同大に重ね合わせた一枚一枚の荷札やラベル等であることは、本件明細書の記載から明らかである。

すなわち、本件明細書の発明の詳細な説明中には、段ボール箱等への「表示紙の貼着」、被着物からの「表示紙の剥離」等の語がみられるが、これらの「表示紙」は、一枚一枚の荷札やラベル等を意識し表現した語である。

また、本件明細書の図面の簡単な説明の欄において、構成要件1(一)ないし(四)の各層をほぼ同形同大に重ね合わせた積層体を示した第2図や第3図を「この発明の縦断面図」であると説明し、同様の積層体を示した第4図を「この発明を被着物より剥離する状態」であると説明している。これらの説明によれば、被着物に貼付され紙4から剥離する「この発明」(表示紙)は、一枚一枚の荷札やラベル等のはずである。

さらに、第5図については、「この発明を積層した原反の斜視図であり、これから荷札、ラベル等の表示紙を作る」と説明している。「この発明」(表示紙)を多数集合したものは原反であり、一つの原反を截断して得られる各単位物こそが「この発明」(表示紙)なのである。

(二) 原告は、構成要件3にいう「表示紙」は各層をほぼ同形同大に重ね合わせた一枚一枚の荷札やラベル等には限られないと主張し、第2図ないし第5図は、本件特許発明の実施例を示すに過ぎない旨主張する。

一般に、明細書に図示されるのは発明思想ではなく発明の実施例であり、被告としても第2図ないし第4図が本件特許発明の実施例の図面であることを否定するものではない。しかし、第5図は、「この発明を積層した原反」(表示紙を作る材料)の例であり、発明対象自体の実施例ではない。原告の主張のとおりであるとすれば、第5図のものは表示紙の一実施例のはずであり、わざわざ「表示紙の原反」と断る必要はないはずである。

原告は、発明の詳細な説明の欄の記載は、表示紙の最終の使用状態では一枚一枚を使用するものであるから、当然に一枚一枚を意識して説明したに過ぎないと主張するが、第2図及び第3図のものは、剥離紙に貼付されているままであるから、使用時の態様ではなく、使用される前の状態を示している。

(三) ロ号物件の製造方法及び使用方法は、別紙ロ号物件目録三項記載のとおりである。ロ号物件は、被着物に貼付される多数の積層体(構成A〈1〉ないし〈4〉)を共通の細長い剥離紙上に間隔をおいて一列に配列したものであって、使用の前後を問わず長大な剥離紙に付着された状態であり、本件特許発明の構成要件3にいう「表示紙」、すなわち構成要件1(一)ないし(四)の各層を、ほぼ同形同大に重ね合わせた一枚一枚の荷札やラベル等には該当しない。

2 ロ号物件は、「隠蔽紙」であって「表示紙」ではないから、本件特許発明の構成要件3を具備しない。

(一) 各種の公知の積層体の中に、圧着紙(粘着シート)がある。圧着紙は、感圧性粘着剤の層を有するシート状の物であり、感圧性粘着剤層を剥離紙ないし剥離層に疑似接着させておき、これから剥がして被着物に接着して用に供するのが普通である。圧着紙には、その利用目的ないし用途を異にする種々のものがあるが、その中に、文字等による情報又は色や図形・模様等の表示を目的として被着物表面に貼付する荷札やラベル等の「表示紙」と、昭和五五年末の郵便規則の改正により世に出た、葉書等の被着物に記載されている情報の秘匿を目的としてその表面に貼付するための「隠蔽紙」とがある。本件特許発明は前者に、ロ号物件は後者に属する。

(1) 表示紙は、段ボール箱や紙箱等の被着物に貼付して、被着物の運送取扱いや被着物内の物の種類、性質等に関する情報を外部に積極的に表示し又は記載するために使用されるものである。したがって、構成要件1(一)にいう「種々の印刷」は、被着物内の物やその取扱に関する事項を表示した印刷又はその記入に適する形態の印刷である。すなわち、表示紙は、何らかの情報等の表示自体を目的とするものである。

表示紙を被着物に貼ると、被着物の表示紙を貼られた部分は隠されてしまうが、この部分を隠すのは表示紙の目的ではない。表示紙においては、貼付された荷札やラベルを透かして被着物表面を見られても困るわけではないから、表示紙に隠蔽層を設けることはない。

また、荷札のような表示紙は、必ず段ボール箱から剥がさなければならないというものではなく、反対に、段ボール箱等から剥がして保存しておくべき場合もある。剥がすにしても剥がさないにしても、同じ場所に二重三重に表示紙を貼付することが可能であり、そうすることが望ましい場合がある(公報6欄3行~6行)。段ボール箱等に貼付する表示紙は、その性質上右のような要請に応えることが期待される。

(2) ロ号物件は、表示紙とは反対に、郵便葉書等に記載された通信文等による情報を特定の名宛人以外の目から秘匿することを目的として、書面の表面に貼付されるシート状の積層物すなわち隠蔽紙である。隠蔽紙を貼付した葉書は、本件特許発明の出願当時には郵便法上許されておらず、これが認められたのは昭和五五年一二月二七日の郵便規則の一部改正によるものである。

隠蔽紙の表面に印刷表示があっても、それは、葉書等の被着物の配達先や記載内容についての情報を示すものではなく、隠蔽紙そのものの扱い等に関する事項を記載しているだけである。ロ号物件においても、その表面には、通信文の出所、隠蔽された情報の存在及び剥離法が印刷されているだけであり、表示紙が本来目的としているような性質内容の情報を表示していない。

隠蔽紙は、葉書等の被着物の記載内容を秘匿するためのものであるから、表示紙とは異なり、右記載を透視できないよう表面の紙等の基材と一体的に黒色ないし暗色の層すなわち隠蔽層を設けているのが一般である。ロ号物件の構成A〈2〉の着色ポリエチレン層がこれに当たる。

また、隠蔽紙は、最後まで葉書等の書面に貼付したままであるはずがなく、必ず剥がされるものであり、剥がされた隠蔽紙を保存しておくことは考えられない。隠蔽紙を貼付した葉書等の書面は、名宛人が隠蔽紙を剥離して葉書等の記載内容を見た後に、再度別の隠蔽紙を貼付して使用することも考えられない。

(3) 以上のように、表示紙と隠蔽紙とは、その本来の利用目的ないし使用態様が全く異なる商品であるから、隠蔽紙は表示紙の一種であるとはいえず、本件特許発明の構成要件3にいう「表示紙」はロ号物件のような隠蔽紙を包含するものではない。

(二) 隠蔽紙開発の経過に関する原告の主張及び甲第一二号証によれば、原告は、昭和五九年頃には隠蔽紙など考えておらず、昭和六一年春になってその必要性に気がつき、開発試作にとりかかったのが昭和六二年二月で、その完成は同年五月だというのである。本件特許発明の特許出願は昭和五一年一一月であるから、その頃原告は「隠蔽紙」など空想すらしていない。それゆえ、本件明細書には隠蔽紙について示唆するところが全くないのである。出願の一0年後に気づいた技術は、出願された技術ではない。

(三) なお、本件審決は、本件特許発明にいう表示紙はラベルを含むと認定しているが、それだけにとどまり、隠蔽紙を含むと認定しているわけではない。

三  争点2(被告らが原告に賠償すべき損害の額)

【原告の主張】

1 ロ号物件の社会保険庁向けの納品、販売による損害

(一) 被告イセト関係

(1) 被告イセトは、社会保険庁向けの入札において、ロ号物件を、平成五年四月頃に国年厚年分六00万枚、同年六月頃に厚生年金保険分一五三三万枚、国民年金分一九一五万八000枚、国年厚年分一七二五万枚の合計五一七三万八000枚同庁に納品販売した。

右販売(入札)単価、販売(入札)額は、別紙資料(甲第一一号証)のとおりである。

本件特許権を侵害するロ号物件は、本来販売することができないのであり、被告イセトの右行為がなかったならば、少なくとも平成五年六月の社会保険庁向けの国民年金分一九一五万八000枚については、入札で第二位であった福島印刷(入札指名業者で、原告製品を専属に取り扱う業者)が落札し、原告製品が社会保険庁に販売されていたはずである。

原告の平成五年度における社会保険庁向け納品販売に係る製品の純利益率は、原反加工完了段階で二八パーセント、入札参加単価(すなわち納入価格)を基準にすると二0パーセントであり、少なくとも一五パーセントを下らないことが明らかであることから、右平成五年六月の社会保険庁向けの国民年金分一九一五万八000枚については、右福島印刷の販売(入札)価額七九五0万円の一五パーセントに相当する一一九二万五000円が原告の被った損害である。

(2) 仮に、右の主張が認められないとしても、被告イセトのロ号物件の販売による利益率は、少なくとも一五パーセントを下らない。すなわち、原告より大規模で営業する被告イセトの社会保険庁向けロ号物件の諸経費の売上高に占める割合は、大量仕入大量生産により、小規模に営む原告のロ号物件と同様の商品(本件特許発明の実施品)についての諸経費の売上高に占める割合より小さくなっても大きくなることはないから、被告イセトの社会保険庁向けロ号物件の納品販売額に対する利益率は、少なくとも原告の前記の純利益率を下回るものではない。

そうすると、被告イセトが前記平成五年六月の社会保険庁向け国民年金分一九一五万八000枚の落札により得た利益の額は、一0六三万二六九0円(七0八八万四六00円×0・一五)を下らない。

原告は、特許法一0二条一項の規定により、被告イセトの右行為によって同額の損害を受けたものと推定される。

(二) 被告特種関係

被告特種は、被告イセトが社会保険庁に納品販売したロ号物件(直接侵害品)の原反となるイ号物件(間接侵害品)を被告イセトに製造販売したものであるが、故意又は過失(特許法一0一条、一0三条)により、直接侵害者たる被告イセトと共同して、原告の本件特許権を侵害したものであり、被告イセトの共同不法行為者として、同被告と連帯して原告の右(一)の損害を賠償する責任を負う。

2 ロ号物件の一般ユーザー向けの販売による損害

(一) 被告イセト関係

(1) 一般ユーザー向けロ号物件使用実績は、別紙「一般ユーザー向けロ号物件使用実績及び損害金計算表(特種製紙外分)」記載のとおりである。

原告の平成三年度、四年度の一般ユーザー向けのロ号物件の販売に係る製品の純利益率は、二三パーセントを下回ることはなく(同表記載の「二八%」は訂正する。)、ロ号物件の推定販売量、一枚当たりの推定販売価格(四円五0銭)からして、一四0一万三九00円(六0九三万円×0・二三)が原告の被った損害である。

(2) 仮に、右(1)の原告主張の損害額が認められなかったとしても、原告の一般ユーザー向けロ号物件と同様の商品(本件特許発明の実施品)についての利益率は、少なくとも二三パーセントを下らないものであり、原告より大規模で営業する被告イセトの一般ユーザー向けロ号物件の諸経費の売上高に占める割合は、大量仕入大量生産により、小規模に営む原告のロ号物件と同様の商品(本件特許発明の実施品)についての諸経費の売上高に占める割合より小さくなっても大きくなることはないから、被告イセトの一般ユーザー向けロ号物件の納品販売額に対する利益率は、少なくとも原告の前記の純利益率である二三パーセントを下回るものではない。

そうすると、被告イセトが一般ユーザーにロ号物件を販売したことにより得た利益の額は、一四0一万三九00円を下らない。

原告は、特許法一0二条一項の規定により、被告イセトの右行為によって同額の損害を被ったものと推定される。

(二) 被告特種関係

被告特種は、前記1(二)と同様の理由から、被告イセトと連帯して原告の右(一)の損害を賠償する責任を負う。

3 実施料相当額による原告の損害

右1、2の主張が認められないとすれば、原告は、特許法一0二条二項の規定に基づき、本件特許発明の実施料相当額を原告の被った損害として共同不法行為者たる被告らにその賠償を求める。

(一) 本件特許発明の実施料相当額における実施料率としては、昭和六三年から平成三年までの間の外国技術導入契約における実施料率(ただし、イニシャルロイヤリティーなしの場合)の平均値が四・六四パーセントであるから、低く見積もっても四パーセントとするのが相当である。

仮に、右理由によっては四パーセントの実施料率が認められないとしても、以下のとおり国有特許権の実施料算定方式により、実施料率はやはり四パーセントを下らないものである。

すなわち、国有特許権実施契約書(昭和二五年二月二七日特総第五八号特許庁長官通牒)の内容(甲第二九号証)は、民間における一般の特許権の実施許諾の場合にも参考とされるべきところ、右国有特許権実施契約書における実施料率は、基準率×利用率×増減率×開拓率という算式により算定される。

基準率は、実施価値「上」のものは四パーセント、「中」のものは三パーセント、「下」のものは二パーセントとされているところ、本件特許発明を除いては製品としては存立し得ないので、本件特許発明の実施価値は四パーセントとみるのが妥当である。利用率は、発明がその製品において占める割合であって、発明がその製品の全部であるときは一00パーセントとされるが、本件では製品全体の価格と関係のない製品は付帯していないので、一00パーセントとみるのが妥当である。

増減率及び開拓率は、いずれも一00パーセントを基準とするが、本件では格別の事由はないので、これによる。

(二) したがって、社会保険庁向けロ号物件については、被告イセトの総販売額二億二0八二万六一00円に四パーセントを乗じた八八三万三0四四円が、一般ユーザー向けロ号物件については、総販売額六0九三万円に四パーセントを乗じた二四三万七二00円が、実施料相当額と認められる。

【被告らの主張】

1(一) 【原告の主張】1(一)の(1)のうち、被告イセトが、社会保険庁に対して原告主張のとおりロ号物件を合計五一七三万八000枚納品販売したことは認めるが、その余の主張は争う。

同(2)のうち、被告イセトが平成五年六月、社会保険庁に対して国民年金分一九一五万八000枚のロ号物件を七0八八万四六00円で販売したことは認めるが、その余の主張は争う。被告イセトの得た利益は、粗利で販売額の八・三パーセントであり、純利益はさらにこれより少ない。また、被告イセトは、被告特種から得た原材料すなわちイ号物件を加工してロ号物件を製造販売しているのであり、原告の計算方法は推論が不合理である。

同(二)の主張は争う。

2(一) 【原告の主張】2(一)の主張は争う。原告主張に対応する被告イセトの業務実績の詳細は、別紙「イセト紙工株式会社のロ号物件販売実績」記載のとおりであり、純利益はその粗利益額よりさらに少ない。

また、隠蔽紙の製造販売業者は、大日本印刷、凸版印刷、共同印刷株式会社等大手五社の外十数社があり、右各社が競争していることは周知であるから、被告イセトによるロ号物件の販売がなかったら原告が受注できたはずである、ということはできない。

(二) 同(二)の主張は争う。

3 【原告の主張】3のうち、国有特許権実施契約書についての一般的説明に関する部分は認めるが、その余の主張は争う。本件特許発明は公知技術から推考が容易なレベルにあること、代替品が存在すること等に照らし、その実施料率は二パーセントを上回ることはない。

第四  当裁判所の判断

一  争点1(一)(ロ号物件は本件特許発明の構成要件1及び2を具備するか)について

1  本件特許発明の構成要件1の意義

本件特許発明の構成要件1の意義について、上層から下層に〈1〉印刷を施した紙、〈2〉透明の合成樹脂フイルム、〈3〉感圧性粘着剤、〈4〉剥離紙という順番で積層されていることを意味し、これらがそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接している必要はないのか(原告の主張)、右各層がそれぞれ他の層を介在させることなく隣接して右の順番に積層されていることを意味するのか(被告らの主張)について争いがあるので、まずこの点から検討する。

(一) 本件明細書の記載及び図面

特許請求の範囲第1項は、「種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする」と記載されている。

また、発明の詳細な説明の欄には、「この発明を説明すると、まず押出機1に〈1〉高圧ポリエチレン、〈2〉ポリプロピレンあるいは〈3〉中圧ポリエチレン等の合成樹脂から選ばれた1種又は数種を投入、溶融した合成樹脂フイルム2を押出機のTダイ3より押出し紙4と積層し冷却固化する。この方法はエクストルジョンラミネート法と言われるもので、ラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度は通常三00℃~三二0℃である。またポリプロピレンはポリエチレンに較べて溶融温度が約一0~二0℃程低いがどちらも前記三00~三二0℃で十分溶融状態となり、押し出される。この発明においてはラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を二五0℃~三00℃未満にしたものである。このことはラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を三00℃~三二0℃とすると紙4と合成樹脂フイルム2が完全接着し、このラミネートしたものは以後剥離することが不可能である。また温度が二五0℃未満であると紙と合成樹脂フイルムとの接着強度が弱くなるばかりでなく、事実上押出機1より合成樹脂フイルム2を押出すことが不可能となる。したがつてこの発明のようにラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を二五0℃~三00℃未満にすることが、紙4と合成樹脂フイルム2とを一応弱く接着させ、しかも接着後剥離が容易なものとしてラミネートすることができる。上記は、高圧ポリエチレン、ポリプロピレン、中圧ポリプロピレンについての紙とラミネーション時の押出温度について述べたが、本発明はこれらに限定されるものではなく各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後紙4と合成樹脂フイルム2とを容易に剥離することができるようにすることも可能である。なお一般にTダイ3より押出された合成樹脂フイルム2と紙4の接着点、すなわちクーリング・ロール5とプレッシャー・ロールとの加圧点までの距離は一00~一二0ⅲでありTダイ3より押出される溶融した合成樹脂フイルムの温度とは余り差がない。このようにして溶融した合成樹脂のフイルム2と紙4とを前記クーリング・ロール5とプレッシャー・ロール6とで加圧されるが、この加圧もラミネーション時の溶融した合成樹脂フイルム2の押出し温度及びTダイ3より加圧点までの距離との相対的関係において通常のラミネーション時よりやや弱く加圧することが好ましい。なお紙4はラミネーション時以前に文字、図形等の印刷を施していても差し支えない。このようにして紙4と合成樹脂フイルム2とをラミネートしたものは冷却器7を介して積層するが、更にこれに合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙9とを順に積層する。ついで積層したものの紙4の表面に文字、図形等種々の印刷を施してこの発明である表示紙を仕上げる。この場合紙4の重量を四0g/m2~七0g/m2であることが望ましく、四0g/m2未満であると表示紙を剥離する場合に紙4が被着物に残存し、七0g/m2以上であると紙4のコストが高くなり不経済である。また合成樹脂フイルム2の厚さは一五μ~五0μが最適であり、一五μ未満であれば強度が弱く剥離が不完全となり五0μ以上であれば不経済である。このようにして種々印刷を施した紙4と合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けることも可能である。この発明のものであれば前記切り欠き10か又は切目11を設けなくても手で十分合成樹脂フイルム2を残存して紙4を被着物より剥離することができるが、切り欠く10か又は切目11を設けると指先で簡単に紙4の一端を掴むことができ便利である。」(公報3欄13行~4欄37行)と記載されている。右引用部分の記載は、主として特許請求の範囲第4及び第5項の表示紙の製造方法を念頭に置いたものであるが、右のように「この発明である表示紙を仕上げる。」(公報4欄20行~21行)、「この発明のものであれば」(同欄32行~33行)と記載されていること、発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないところ(昭和六0年法律四一号による改正前の特許法三六条四項)、本件明細書における発明の詳細な説明の欄の記載は、発明の課題ないし目的の記載(公報2欄16行~3欄12行)、後記実施例についての記載(同4欄38行~5欄23行)、作用効果の記載(同5欄24行~6欄13行)を除くと、右引用した部分がすべてであるから、右引用部分が特許請求の範囲第4項及び第5項のみに関する記載であるとすれば、本件明細書の発明の詳細な説明において、物の発明たる本件特許発明(特許請求の範囲第1項)に対応する構成についての記載は全く存在しないことになることに照らし、右引用部分は、右のような製造方法によって製造された表示紙という形で本件特許発明(特許請求の範囲第1項)の構成を説明する記載でもあると解さざるを得ない(原告は、右引用部分は特許請求の範囲第4項の表示紙の製造方法の発明のみに関するものであるから、右引用部分の記載を根拠に本件特許発明(物の発明)の技術的範囲を確定するのは誤っている旨主張するが〔前記第三の一【原告の主張】2(二)〕、採用できない。)。

実施例については、「高圧ポリエチレンを三二0℃で溶融したものを押出機のTダイ3より押出し、これを予め巻き取られたものから送られた紙4とクーリング・ロール5とプレッシャー・ロール6との押圧ロールでのラミネーション時の温度を二九0℃として紙4と透明な合成樹脂フイルム2とをラミネートし、その後冷却器7において冷却した。ついで、紙4と透明な合成樹脂フイルム2を積層したもののフイルム2側に感圧性粘着剤8を塗布し、その後ロールにより剥離紙を積層し、その後紙4の表面に荷札の様式印刷を行って本発明を仕上げた。なお前記使用した紙の重量は六0g/m2のものであり、透明な合成樹脂のフイルムの厚さは四0μのものを利用した。このようにして出来た荷札は、剥離紙9を剥離して、感圧性粘着剤側を段ボールの荷札貼着個所に貼着したが、この場合では紙4と透明な合成樹脂フイルム2とのラミネートした個所は十分接着された状態であった。その後、指先により紙をもって透明な合成樹脂フイルム2から分離すると紙4のみがフイルム2と分離して剥離し、フイルム2は感圧性粘着剤8と共に段ボールに残存した。以上の場合は、透明な合成樹脂フイルム2を段ボール面より剥離されることもなく、しかも紙4のみが完全にフイルム2より剥離された。更に、段ボールに残存した透明な合成樹脂フイルム2上に、別の新たな本発明の荷札を剥離紙9を剥離して感圧性粘着剤8により十分貼着することができた。」(公報4欄39行~5欄23行)との記載があるのみである。

また、図面の簡単な説明には、「第2図はこの発明の縦断面図であり、」(6欄16行~17行)との記載があり、添付図面第2図には、上から紙、合成樹脂フイルム、感圧性粘着剤、剥離紙が各隣接して積層されたものが示されている。その外、第3図、第4図にも、上から紙、合成樹脂フイルム、感圧性粘着剤、剥離紙が各隣接して積層されたものが示されており、それ以外の積層物を示す図面は存しない。

以上によれば、特許請求の範囲第1項には、構成要件1(一)ないし(四)の各層の間に他の層を任意に介在させ得る旨の記載はなく、発明の詳細な説明にも、構成要件1(一)ないし(四)の各層の間に他の層を任意に介在させ得る旨の記載及びその示唆はなく、かえって、前記引用部分は、構成要件1(一)ないし(四)の各層がそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接して積層されるものであることを示唆するものである。また、実施例及び添付図面においても、構成要件1(一)ないし(四)の各層がそれぞれ直接隣接して積層されたもののみが示されている。

原告は、本件特許発明は、「透明の合成樹脂フイルム」を表示紙を構成する層の一つとして採用し(構成要件1(二))、かつ、この「透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残存するようにした」(構成要件2)ことを最大の特徴とすると主張するが、本件特許発明(特許請求の範囲第1項)では、構成要件1(一)ないし(四)の各層を、「順に積層したことを特徴とする」と記載されているのであるから、右各層の構成、数、積層の順序のいずれも本件特許発明にとって重要なものであり、他の層の存在は予定していないものと解するべきである。

(二) 公知技術

本件特許発明は、荷札、ラベル等の表示紙に関するものであり、同様の物件に関する公知技術のうち、実用新案出願公開昭五0-一二0六二号(実願昭四八-六六三二三号)に係る明細書及び図面(乙第五号証の1・2)に記載された考案は、その実用新案登録請求の範囲が「上側シートの片面に接着剤層を設け、該接着剤層に剥離可能な下側シートを貼着し、さらに下側シートの他面に接着剤層を設けて成る接着シート」(1頁5行~8行)というものであり、考案の詳細な説明の欄には、考案の対象について「本考案はラベルまたはフスマ等の装飾用等に使用される接着シートに関するものである。」(1頁10行~11行)、考案の目的について、「従来、上記の如くの用途に使用されている接着シートは、紙等の基体に接着剤を塗布したものであり、表面強度の弱い段ボール、紙等の被着体に貼着して使用することが多い。しかしながらラベルとしては不要時における引き剥がし、または荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際し、被着体表面を損傷することが多くトラブルが絶えなかった。またフスマ等に用いられる装飾用シートにおいても模様がえの時には、手間がかかるうえ下地を損傷することが多く面倒なものであった。本考案は上記の欠点を解決するものである。」(1頁12行~2頁3行)、構成について、「即ち、本考案に係る接着シートは、上側シートの片面に接着剤層を設け、該接着剤層に剥離可能な下側シートを貼着し、さらに下側シートの他面に接着剤層を設けて成るものである。本考案を実例によって説明すると、(1)はポリエチレン、ポリエステル等各種のプラスチックフイルム、紙、金属箔等またはそれらを適宜積層した複合体より成る上側シートであって、文字、模様、色彩等は適宜施される。(2)、(4)は接着剤層であり、溶剤賦活型、熱賦活型等各種の接着剤が使用せられ同種、異種どちらでもよいが、使用の便利さから両者ともに感圧性接着剤にすることが好ましい。(3)は接着剤層(2)より剥離可能な下側シートであって、紙、各種のプラスチックフイルム、金属箔等が使用せられるが、剥離を容易にするため接着剤層(2)に貼着される面には剥離処理を施すことが好ましい。(5)は必要に応じて設けられる剥離性の保護シートである。」(2頁4行~3頁2行)、作用効果について、「本考案は上記の如くの構成としたので、不要時には接着剤層(2)と下側シート(3)の境界より簡単に剥離でき、また荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際しては、上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用するか、またはその上に新しいラベルを貼着すればよいので段ボール等の被着体表面を損傷することは全くない。さらにフスマ等の装飾用シートにおいて、下側シートに模様色彩等をあらかじめ施したものにあっては上側シートを剥離するのみで、また下側シートが無地のものにあっては上側シートを剥離し、その上に新しい装飾用シートを貼着するだけで季節、雰囲気に応じて、下地を損傷することなく、簡単に模様がえできる。」(3頁3行~17行)と記載されている。

すなわち、右考案にかかる接着シートは、上層から下層に、(1)上側シート、(2)接着剤層、(3)下側シート、(4)接着剤層、(5)必要に応じて(4)の下にさらに設けられる剥離性の保護シートという順番で積層された構造を有するものである。

仮に原告主張のように、本件特許発明の構成要件1は上層から下層に〈1〉印刷を施した紙、〈2〉透明の合成樹脂フイルム、〈3〉感圧性粘着剤、〈4〉剥離紙という順番で積層されていることを意味し、これらがそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接している必要はないとすれば、右考案において、上側シートの材料として紙を採用して文字を施し、下側シートに透明のプラスチックフイルムを採用した場合、本件特許発明は右考案と同一の構成を有することになり(右考案の(1)、(3)、(4)、(5)がそれぞれ本件特許発明の〈1〉、〈2〉、〈3〉、〈4〉に相当し、(1)の上側シートと〈3〉の下側シートの間に(2)の接着剤層が介在しても、本件特許発明の構成要件1と同様に、上層から下層に右(1)、(3)、(4)、(5)の各層が右の順番で積層されていることになる。右考案における(3)の透明のプラスチックフイルムから成る下側シートは(2)の接着剤層と剥離可能に接着されているから、(1)の上側シート及び(2)の接着剤層を剥離した後は、本件特許発明の構成要件2と同様に、透明のプラスチックフイルムからなる下側シートのみが被着物に残存することになり、また、上側シートの材料として紙を採用して文字を施したラベルが、本件特許発明の構成要件3にいう「荷札、ラベル等の表示紙」に該当することは明らかである。)、本件特許発明の特許には無効事由があることになるから、原告の右主張は採用することができない。

この点について、原告は、乙第五号証の2には、下側シートとして、「紙、各種のプラスチックフイルム、金属箔等が使用せられる」(2頁16行~18行)と記載されており、透明性のない紙や金属箔と等価のものとしてプラスチックフイルムが記載されているから、この下側シートのプラスチックフイルムとして透明なものを採用することは、乙第五号証の1・2に開示された技術の範囲を超えるものであり、また、無地とは、模様のないもののことをいうのであって、透明なものをいうのではなく、むしろ、「全体が一色で模様の無いこと」(新明解国語辞典、三省堂発行)をいうのであり、何らかの色に全体が均一に着色されているものを意味するから、透明なものは積極的に排除されている旨主張する。しかし、乙五号証の2の右記載は、下側シートの材料として薄いシート状に形成するに適したものを例示したに過ぎないのであって、そのプラスチックフイルムから透明のプラスチックフイルムを排除する旨の記載はなく、プラスチックフイルムが透明であるからといって、右考案の前記目的を達成することができないとか、「本考案は上記の如くの構成としたので、不要時には接着剤層(2)と下側シート(3)の境界より簡単に剥離でき、また荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際しては、上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用するか、またはその上に新しいラベルを貼着すればよいので段ボール等の被着体表面を損傷することは全くない。」という作用効果、又はフスマ等の装飾用シートについての「下側シートが無地のものにあっては上側シートを剥離し、その上に新しい装飾用シートを貼着するだけで季節、雰囲気に応じて、下地を損傷することなく、簡単に模様がえできる。」という作用効果を奏することができなくなるとは考えられないから、原告の主張は採用することができない。

2  ロ号物件との対比

(一) これに対し、ロ号物件は、別紙ロ号物件目録記載のとおり、〈1〉表面に印刷が施された厚さ約八三μmの両面コート紙a、〈2〉暗褐色に着色された厚さ約二二μmのポリエチレンからなる層b、〈3〉アクリル系共重合体の溶剤塗布により形成されてなる厚さ約二・二μmの透明樹脂層c、〈4〉アクリル系共重合体のエマルジョン塗布により形成した厚み約二0~二五μmの感圧粘着剤層d、〈5〉シリコーン樹脂をコーティングされてなる厚み約七八μmのグラシン紙eの各層を各隣接して積層したものである。ロ号物件の〈1〉、〈3〉、〈4〉、〈5〉の各層はそれぞれ本件特許発明の構成要件1の(一)、(二)、(三)、(四)に各相当するが、〈1〉の層と〈3〉の層とが直接隣接しておらず、間に〈2〉の層が介在しているので、ロ号物件は本件特許発明の構成要件1を具備しないものというべきである。

(二) 原告は、ロ号物件は、本件特許発明の構成要件をすべて具備したうえ、これに構成A〈2〉の着色ポリエチレン層を付加しているだけであり、本件特許発明の作用効果をすべて奏するのであるから、本件特許発明の技術的範囲に属するものであり、仮にロ号物件において着色ポリエチレン層が文字印刷のある紙とアクリル系透明樹脂層との間に介在することによって、異なる発明の対象となるような技術的思想が認められるとしても、ロ号物件は本件特許発明の構成要件すべてを具備し、これをそっくり利用しているのであるから、ロ号物件の実施は本件特許権の侵害を構成することになる(特許法七二条)と主張する。

しかし、本件特許発明の構成要件1(一)の紙の層と(二)の透明の合成樹脂フィルムの層との間には他の層が介在しないものと解すべきであることは前示のとおりであり、また、本件明細書には、本件特許発明の解決課題として、「昨今の段ボール箱や紙箱類に種々の形式の印刷が施されており、しかも段ボール箱等の表面積の1/2以上が印刷されている現状において、荷札、ラベル等の表示紙を印刷された上に直接貼付けていることをかんがみると印刷効果を失なうばかりでなく、ユーザーにとっても不便である。特に段ボール箱や紙箱類に印刷されている文字はPRやその他の目的で施されているうえで、この印刷されたものを消すことなくしかも段ボール箱を損傷せずに剥離容易な荷札、ラベル等の表示紙が必要となった。」(公報2欄37行~3欄10行)との記載があるところ、右記載は直接的には表示紙の剥離後に被着物に印刷された文字を消さないようにする必要性についての記載であるものの、本件特許発明は、被着物に印刷された文字は不特定多数の者に見せるものであって、表示紙を貼付した場合に表示紙が有する隠蔽作用は欠点であるとして捉え、表示紙の剥離後は被着物に印刷された文字が消えないようにするという技術的思想に基づくものであるのに対し、ロ号物件は、被着物(通知用の葉書等)に印刷された文字は不特定多数の者に見せないようにするものであり、そのために〈1〉の紙と〈3〉のアクリル系透明樹脂層との間に〈2〉の着色ポリエチレン層を介在させて隠蔽作用を発揮させるという技術的思想に基づくものであって、質的に異なる技術的思想に基づくものであるから、ロ号物件をもって本件特許発明の構成要件を具備したうえ、構成A〈2〉の着色ポリエチレン層を付加しただけであるとか、本件特許発明を利用したものであるとかいうことはできない(なお、証拠〔甲第四、第一二、第一三、第一九号証、検甲第一号証の1~6〕及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件特許発明の特許出願〔昭和五一年一一月五日〕の後、荷札〔昭和五二年〕、張り替え容易な製品ラベル〔昭和五三年〕、張り替え容易なプライスラベル〔昭和五八年、甲第一九号証資料2〕、販売促進用ラベル〔昭和五九年、甲第一九号証資料1〕等を開発したこと、その後、昭和六一年春頃から、大和銀行及びその子会社の大和銀総合システム、敷島印刷等において、金融機関が顧客に郵送する通知書に、葉書を用いることが研究されるようになったが、この際、プライバシー保護を完全にし大量処理を可能にするという観点から、通知書に高速ラベリングマシンによりラベルを貼ることができ、かつ、受取人がこのラベルを容易に剥がして通知内容を見ることができ、受取人以外の者がラベルを剥がして通知内容を見た場合にはそのことが容易に判明することが要請されたこと、昭和六二年二月頃から、原告と敷島印刷が共同開発をした結果、同年五月、「しんてんシール」として完成したこと、昭和六三年二月一五日、郵便規則の改正により、葉書用の隠蔽紙が承認されたことが認められ、右事実によれば、本件特許発明の出願時には、原告は葉書用の隠蔽紙を認識していなかったものと認められる。)。

二  結論

以上によれば、ロ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属しないことが明らかであるから、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 本吉弘行 裁判官小澤一郎は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 水野武)

イ号物件説明書

[被告特種製紙株式会社の製品目録]

一、図面の説明

第1図はイ号製品の平面図、第2図は第1図の断面図、第3図は第2図の一部の断面拡大図である。

二、構成の説明

A 〈1〉 表面に印刷が施されていない厚さ約八三μmの両面コート紙a、

〈2〉 暗褐色に着色された厚さ約二二μmのポリエチレンからなる層b、

〈3〉 アクリル系共重合体の溶剤塗布により形成されてなる厚さ約二・二μmの透明樹脂層c、

〈4〉 アクリル系共重合体のエマルジョン塗布により形成した厚み約二〇~二五μmの感圧粘着剤層d、

〈5〉 シリコーン樹脂被覆をコーティングされてなる厚み約七八μmのグラシン紙eからなる剥離紙の五層を順に積層してなり、

B 前記〈1〉及び〈2〉の層を一体のまま容易に剥離することにより、同〈3〉の層を〈4〉の感圧粘着剤層を介して被着物に残存させる表面に文字印刷のある紙(原告の呼称名=表示紙、被告らの呼称名=隠蔽紙)を製造することができる

C 代表的には幅約二八五mm(より広幅のものもある。)で長さ約二三〇〇mの広幅長尺の表面に文字印刷のある紙(原告の呼称名=表示紙、被告らの呼称名=隠蔽紙)製造用ロール巻原反

三、製造及び使用方法の説明

イ号製品は、紙葉に貼付する表面に文字印刷のある紙(原告の呼称名=表示紙、被告らの呼称名=隠蔽紙)の製造に用いる材料(中間製品)であり、前記〈1〉の紙の層と〈2〉のポリエチレンの層とは、剥離困難に密着されており、右〈2〉の層と〈3〉の透明アクリル系樹脂層とは、剥離容易に疑似接着させてあるので、適宜の印刷及び切断加工によって、表面に文字印刷のある紙(原告の呼称名=表示紙、被告らの呼称名=隠蔽紙)又はその連設物を作ることができる。

〈省略〉

ロ号物件説明書

[被告イセト紙工株式会社の製品目録]

一、図面の説明

第1図はロ号製品の平面図、第2図は第1図の断面図、第3図は第2図のうち後記「二構成の説明A」に記載された部分の断面拡大図である。

二、構成の説明

A〈1〉 表面に印刷が施された厚さ約八三μmの両面コート紙a、

〈2〉 暗褐色に着色された厚さ約二二μmのポリエチレンからなる層b、

〈3〉 アクリル系共重合体の溶剤塗布により形成されてなる厚さ約二・二μmの透明樹脂層c、

〈4〉 アクリル系共重合体のエマルジョン塗布により形成した厚み約二〇~二五μmの感圧粘着剤層d

の四層を順に積層した表面に文字印刷のある紙(原告の呼称名=表示紙、被告らの呼称名=隠蔽紙)部分を

〈5〉 シリコーン樹脂をコーティングされてなる厚み約七八μmのグラシン紙eからなる剥離紙の上に間隔をおいて添着してなり、

B 各表面に文字印刷のある紙(原告の呼称名=表示紙、被告らの呼称名=隠蔽紙)部分は、紙葉に貼付後、前記〈1〉及び〈2〉の層を一体のまま容易に剥離し、同〈3〉の層を〈4〉の感圧粘着剤層を介して被着物に残存させることができるようにした

C 幅約九五mm、長さ約六〇〇mの製品

三、製造及び使用方法

表面に文字印刷のある紙(原告の呼称名=表示紙、被告らの呼称名=隠蔽紙)となる部分に並列に必要な印刷を施し、右印刷部分以外の不要部分は剥離紙の層だけを残して切り取り除去し、右並列中の長手方向に一列に並ぶ印刷部分の両側には葉書に貼付する工程に必要な送り孔を連設し、ミシン目を入れて折り畳み可能にし、これを長手方向に折り畳んで裁断分割し、細長い共通の剥離紙の上に間隔をおいて一列に計六〇〇〇の表面に文字印刷のある紙(原告の呼称名=表示紙、被告らの呼称名=隠蔽紙)となる印刷部分を添着配置してロ号製品とする。

ロ号製品の購入者は、ロ号製品を繰り出し移動させつつ、その剥離紙上に間隔をおいて配置された多数の各表面に文字印刷のある紙(原告の呼称名=表示紙、被告らの呼称名=隠蔽紙)部分を右剥離紙から順次剥がして葉書に貼付するが、剥離紙は長いまま引き取られて廃棄される。

〈省略〉

〈19〉日本国特許庁(JP) 〈11〉特許出願公告

〈12〉特許公報(B2) 昭55-15035

〈51〉Int.Cl.3G 09 F 3/02 B 31 D 1/00 識別記号 庁内整理番号 6363-5C 7724-3E 〈24〉〈44〉公告 昭和55年(1980)4月21日

発明の数 2

〈51〉透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙とその製造方法

〈21〉特願 昭51-132296

〈22〉出願 昭51(1976)11月5日

公開 昭53-57800

〈43〉昭53(1978)5月25日

〈72〉発明者 中川裕之

枚方市宮之下町34~1

〈71〉出願人 旭加工紙株式会社

大阪市旭区高殿1丁目2番8号

〈74〉代理人 弁理士 渡辺秀雄

〈57〉特許請求の範囲

1 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

2 種々の印刷を施した紙4の重量を40g/m2~70g/m2とし、透明の合成樹脂フイルムの厚さを15μ~50μとしたことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

3 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けたことを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第2項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

4 透明の合成樹脂フイルムをTダイ3から押し、出し、押圧ロール紙4とラミネートする方法において、ラミネーシヨン時の溶融樹脂フイルム2の押出し温度を、各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後剥離か容易になるように紙4とラミネートし、その後前記合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙4を積層して紙4、合成樹脂フイルム2、感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。

5 前記透明の合成樹脂フイルムを、高圧ポリエチレン、中圧ポリエチレンあるいはポリプロピレンから選ばれた1種又は数種のものであることを特徴とする特許請求の範囲第4項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。

発明の詳細な説明

この発明は荷札、ラベル等の表示紙を剥離した際に被着物の表面を損傷することなく、しかも被着物の表面の印刷等を覆い隠さないようにした透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙に関する。

現在、一般的に広く使用されている段ボール箱、紙箱等は輸送その他の必要上荷札な商品のラベルあるいはシール等を貼付けている。これらのシール等の表示紙は流通経路によりある時点で剥離する必要が生じるが、この場合に従来のものでは被着物たとえば段ボール箱や紙箱から剥離する際に箱の表面を損傷させたり、表示紙が完全に除去できずに箱に残存してしまう欠点があつた。この欠点を解消するものとして、出願人は昭和51年実願第67772号において段ボール箱を損傷させることなく剥離を容易にした荷札を出願中である。しかし出願中の考案では段ボール箱を損傷させることなく剥離を容易にするが、剥離した後に表示紙すなわち円網抄紙法により抄造された紙の一部を段ボールに残存させるために段ボールの表面に付された文字、図形等の印刷物が消されてしまう結果となる。このことは昨今の段ボール箱や紙箱類に種々の形式の印刷が施されており、しかも段ボール箱等の表面積の1/2以上が印刷されている現状において、荷札、ラベル等の表示紙を印刷された上に直接貼付けていることをかんがみると印刷効果を失なうばかりでなく、ユーザーにとつても不便である。特に段ボール箱や紙箱類に印刷されている文字はP.R.やその他の目的で施されているうえで、この印刷されたものを消すことなくしかも段ボール箱を損傷せずに剥離容易な荷札、ラベル等の表示紙が必要となつた。発明者はこの点に着眼し、種々研究、実験を行なつた結果以下の発明を完成した。

この発明を説明すると、まず押出機1に〈1〉高圧ポリエチレン、〈2〉ポリプロピレンあるいは〈3〉中圧ポリエチレン等の合成樹脂から選ばれた1種又は数種を投入、溶融した合成樹脂フイルム2を押出機のTダイ3より押出し紙4と積層し冷却固化する。この方法はエクストルジヨンラミネート法と言われるもので、ラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度は通常300℃~320℃である。またポリプロピレンはポリエチレンに較べて溶融温度が約10~20℃程低いがどちらも前記300℃~320℃で十分溶融状態となり、押し出される。この発明においてはラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度を250℃~300℃未満にしたものである。このことはラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度を300℃~320℃とすると紙4と合成樹脂フイルム2が完全接着し、このラミネートしたものは以後剥離することが不可能である。また温度が250℃未満であると紙と合成樹脂フイルムとの接着強度が弱くなるばかりでなく、事実上押出機1より合成樹脂フイルム2を押出すことが不可能となる。したがつてこの発明のようにラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度を250℃~300℃未満にすることが、紙4と合成樹脂フイルム2とを一応弱く接着させ、しかも接着後剥離が容易なものとしてラミネートすることができる。上記は、高圧ポリエチレン、ポリプロピレン、中圧ポリプロピレンについての紙とラミネーシヨン時の押出温度について述べたが本発明はこれらに限定されるものではなく各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後紙4と合成樹脂フイルム2とを容易に剥離することができるようにすることも町能である。なお一般にTダイ3より押出された合成樹脂フイルム2と紙4の接着点、すなわちクーリング・ロール5とプレツシヤー・ロールとの加圧点までの距離は100~120m/mでありTダイ3より押出される溶融した合成樹脂フイルムの温度とは余り差がない。

このようにして溶融した合成樹脂のフイルム2と紙4とを前記クーリング・ロール5とプレツシヤー・ロール6とで加圧されるが、この加圧もラミネーシヨン時の溶融した合成樹脂フイルム2の押出し温度及びTダイ3より加圧点までの距離との相対的関係において通常のラミネーシヨン時よりやや弱く加圧することが好ましい。なお紙4はラミネーシヨン時以前に文字、図形等の印刷を施していても差し支えない。このようにして紙4と合成樹脂フイルム2とをラミネートしたものは冷却器7を介して積層するが、更にこれに合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙9とを順に積層する。ついで積層したものの紙4の表面に文字、図形等種々の印刷を施してこの発明である表示紙を仕上げる。この場合紙4の重量を40g/m3~70g/m3であることが望ましく、40g/m3未満であると表示紙を剥離する場合に紙4が被着物に残存し、70g/m3以上であると紙4のコストが高くなり不経済である。また合成樹脂フイルム2の厚さは15μ~50μが最適であり、15μ未満であれば強度が弱く剥離が不完全となり50μ以上であれば不経済である。このようにして種々印刷を施した紙4と合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けることも可能である。この発明のものであれば前記切り欠き10か又は切目11を設けなくても手で十分合成樹脂フイルム2を残存して紙4を被着物より剥離することができるが、切り欠く10か又は切目11を設けると指先で簡単に紙4の一端を掴むことができ便利である。

実施例

高圧ポリエチレンを320℃で溶融したものを押出機のTダイ3より押出し、これを予め巻き取られたものから送られた紙4とクーリング・ロール5とプレツシヤー・ロール6との押圧ロールでのラミネーシヨン時の温度を290℃として紙4と透明な合成樹脂フイルム2とをラミネートし、その後冷却器7において冷却した。ついで、紙4と透明な合成樹脂フイルム2を積層したもののフイルム2側に感圧性粘着剤8を塗布し、その後ロールにより剥離紙を積層し、その後紙4の表面に荷札の様式印刷を行つて本発明を仕上げた。

なお前記使用した紙の重量は60g/m2のものであり、透明な合成樹脂のフイルムの厚さは40μのものを利用した。

このようにして出来た荷札は、剥離紙9を剥離して、感圧性粘着剤側を段ボールの荷札貼着個所に貼着したが、この場合では紙4と透明な合成樹脂フイルム2とのラミネートした個所は十分接着された状態であつた。その後、指先により紙をもつて透明な合成樹脂フイルム2から分離すると紙4のみがフイルム2と分離して剥離し、フイルム2は感圧性粘着剤8と共に段ボールに残存した。

以上の場合は、透明な合成樹脂フイルム2を段ボール面より剥離されることもなく、しかも紙4のみが完全にフイルム2より剥離された。

更に、段ボールに残存した透明な合成樹脂フイルム2上に、別の新たな本発明の荷札を剥離紙9を剥離して感圧性粘着剤8により十分貼着することができた。

以上述べてきたようにこの発明によれば、

〈1〉 段ボール、紙箱等の被着物を破損することなく簡単に荷札、ラベル等の表示紙を剥離できるだけでなく、剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である。

〈2〉 紙4の剥離後は被着物に合成樹脂フイルムが感圧性粘着剤と共に残存するが、更にこの合成樹脂の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる。

〈3〉 経済性の上でも長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより、この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である。

図面の簡単な説明

第1図は紙と合成樹脂フイルムを積層する状態を示す説明図である。第2図はこの発明の縦断面図であり、第3図はイは第2図一端を切り欠いたものでロは第2図の一端に切目を設けた縦断面図である。第4図はこの発明を被着物より剥離する状態を示す縦断面図である。第5図はこの発明を積層した原反の斜視図であり、これから荷札、ラベル等の表示紙を作るものである。

2……合成樹脂フイルム、3……Tダイ、4……紙、8……感圧性粘着剤、9……剥離紙、10……切り欠き、11……切目。

第1図

〈省略〉

第2図

〈省略〉

第3図

〈省略〉

第4図

〈省略〉

第5図

〈省略〉

本発明及びイ号と公知例の層構造の対比(注:乙7のみ先願例)

〈省略〉

資料

社会保険庁入札(6/18)結果報告

〈省略〉

一般ユーザー向けロ号物件使用実績表及び損害金計算表(特種製紙外分)

Ⅰ使用実績

〈省略〉

Ⅱ被告らの推定利益率

28%

Ⅲ損害賠償金

金17.060.400円[但し、60.930.000円×28%]

イセト紙工株式会社のロ号物件販売実績

(平成3年4月1日~平成5年12月31日)

〈省略〉

注:株式会社ティージー情報ネットワークは、東京ガス向けロ号物件の販売先、静岡放送株式会社は、静岡放送及び静岡新聞社向けロ号物件の販売先である。

特許公報

〈省略〉

〈省略〉

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